2011年7月16日土曜日

Visiting at Tsunami Suffered area on June

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Report of Northern Japan's Tsunami Suffered Area.

I went to Ishinomaki in Miyagi on middle week of June for Give a smile Toys project.

But people live there are so optimistic and didn't look back old days. And they are working hard.
And already fisherman started to work in the such a situation.

More detailed article is on

http://tomomisayuda.blogspot.com/2011/07/give-smile-toys-project-in-japan.html


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2011年7月11日月曜日

ロンドンにてデザイナー会議

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ロンドンに帰ってきました。
帰国後に他のデザイナー達に日本の訪問の報告と、持って帰って来た素材を見せてのディスカッション、今後の方向性について話し合いをしました。
少しでも出来る事からはじめていこう、という事で第一弾は、東北で生産されている布を使用して作っていけたら良いのではないか、という事で動き始めました。

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私も布を使って何か作れないか、手を動かしはじめたところです。
これは仮の布での制作ですが、これから、具体的に色々試作を重ねていって、こちらの生活にもなじむような、面白いものを作ろうと考えています。

2011年7月1日金曜日

6/16 石巻市東浜小学校にてワークショップ

石巻市東浜小学校に行ってきました。

前回の東京ビックサイトで展示されて、朝日新聞と時事通信に取り上げられていたプロジェクトの件です。Tohoku Londonとはまた別のプロジェクトになるのですが、Tohoku Londonの代表、左右田が行って来たので、こちらにもレポートをさせて頂こうと思います。

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先日朝日新聞に掲載させて頂いた記事です。
朝日新聞tomomi
今回はこの件で石巻に訪ねてきました。

仙台からバスに乗って石巻専修大学まで行き、そこで今回小学校のコーディネイトをしていただいた、NPO JENさんにご協力を頂いて、牡鹿半島にある東浜小学校まで車で行ってきました。
(この時のレポートはJENのHPにも掲載されています。

仙台ー石巻間は朝のラッシュ時のためか遅れがでていて、2時間弱の予定が2時間半かかりました。そこから牡鹿半島までは1時間。仙台からもなかなか遠い場所です。始発にもかかわらず、バスは満杯で、乗れない方もいらっしゃいました。
石巻専修大学自体は、災害支援の拠点になっているようで、たくさんのボランティアの方の車、テントが泊まっていました。青森、東京、神戸など、様々な地方から支援に来られている車を見かけました。

東浜小学校では、念願のぬいぐるみのワークショップを開催することができました。
今回は、在英NPO British European Design Groupの代表のカリン- ビート フィリップスの呼びかけで、私を含め日英の5組の在英のデザイナーが集まって、この企画が作られました。私はプレゼンターとして被災地の子供に贈呈しに行きながら、ワークショップを開催もしてきました。人形の模様がプリントされた生地を切って縫い合わせる事で、人形が完成される手作りキットを持っていきました。
全校生徒24人という、とても小さな学校だったので、1-6年生皆さんで体験していただきました。
針仕事が初めてのお子さんもいたのですが、他の先生のお助けもあって、ワークショップを完成することができました。
子供たちは素直で、真面目で、意欲的に取り組んでいました。中にはこんなふうにしたいとか、アレンジをする子供たちもいて、皆楽しんでいたようで、良かったです。
途中で、地鳴りがするといって、子供達がざわざわしはじめた事もあったのですが、皆元気でした。
角田校長先生はやはり震災から三ヶ月経って、怖がる子や、不安になる子供も出て来ているとおっしゃっていました。とにかく子供達の精神的なケアも含めて、命を守ることを最優先にして進めていきたいとおっしゃっていました。

このエリアの子供達は7割の家が被災され、全壊の状態なんだそうです。入り組んだ地形であったため被害が大きかったようです。そして、石巻の中心部からも遠いため、まだまだ瓦礫の撤去もできておらず、小学校もまだ被災された方々の避難所になっていました。ご家族の方々も漁師の方々なので、船が流されたりと大変な状態にあるようです。
角田校長は、最近になってやっと子供達の笑顔も戻ってきてはいるものの、それでもまだまだ精神的な不安が消えない、何か子供達を元気づけるような人が来てくれるなら、大歓迎ですとおっしゃっていました。外からのワークショップの要請に関しては、学校によっては閉鎖的な場合も多いので、角田校長のような、広く受け入れてもらえる小学校が多くなると、他のワークショップや何か芸術的な事で支援したい活動家もやりやすいのではないかと思いました。誰か、他の方が来てくれて、何かちょっとでもいいから楽しくなったと思えて、そしてそこで感謝の気持ちが芽生えれば良いと願っておられました。

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ワークショップの様子。子供達は元気いっぱいでした。

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最後に皆で。

このワークショップの模様は時事通信を通じて、yahoo news等を始め、色々なメディアに掲載して頂く事ができました。
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_topics&p=eqa200-jlp10983916

ちょうどこの日は震災から100日経過する直前だったので、自衛隊による最終集中捜索が行われており、たくさんの自衛隊のトラックやテントを見ました。
牡鹿半島のエリアも見て来たのですが、まだまだ片付いていない様子。その中でも地元の漁師の方々が立ち上がり、牡蠣の養殖や漁業を再開しておられる方がいらっしゃいました。とても力強く感じました。
テレビ等の映像やメディア媒体で見るよりも、そこで生活している方は本当に元気で、大変な中でも負けてはいられないという気持ちが伝わって来ていました。

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東浜小学校の様子。

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角田校長先生と。

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早くも地元の漁師の方々は、この中でも働きに出られておられました。
前を向いて何かをしていこうという思いが伝わってきます。

2011年6月30日木曜日

6/15 仙台箪笥 東北芸術工科大学

仙台箪笥伝承館、門間箪笥店に行ってきました。
仙台箪笥は、漆を何度も塗り重ねられていて、伊達政宗好みの、華やかな仕上げになっているようです。
代表の門間さんと一緒に同行してくれた、仙台在住の工業デザイナーの加藤君。

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その後、加藤君の母校でもある、山形にある東北芸術工科大学に行ってきました。
デザイン科の助手の山田さんにご挨拶をしに行って来たのですが、芸工大は山形市内を見渡せる、見晴らしの良いところに立っていて、よかったです。 産学共同でプロジェクト等、活発に動かれていて、興味深かったです。

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6/14 遠野 盛岡

岩手県の遠野に行ってきました。
柳田國男が民話を研究した場所として有名です。
昔話の保存が非常に盛んな所で、語り部の方の昔話を聞いてきました。オシラサマの話、河童の話などを聞きました。
昔は樽作りなども盛んだったようです。

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遠野は災害復興拠点になっているので、近隣の宮古等の被災地への支援を積極的に行っているようでした。東北はだいたいの土地が東へ進むと被災地に当るので、どの都市も支え合っていたのがとても印象的でした。
震災後は遠野自体の観光客も現象しているのに、それでも皆で支え合いながら生きている東北の人たち。とてもたくましく思いました。

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その後また盛岡に帰って、南部鉄器の工場の見学に行ってきました。
とても薄く製造するというのが、絶対に手作業でないとできないものなんだそうです。
実際に半分に切断された鉄器を見たいのですが、鉄の鋳込みとは思えない程薄く出来ていて、びっくりしました。

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6/13 青森県 弘前

青森県の弘前に行ってきました。

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弘前ねぷた

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弘前こけしの職人さん

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弘前こけし

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津軽こぎん刺し

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ねぷた絵

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金魚ねぷた

津軽藩ねぷた館を訪ね、津軽塗や津軽こけし、津軽三味線、こぎん刺し等を見てきました。
職人さんにご説明をして頂いたのですが、津軽塗の模様は独特なものです。
こけし自体は東北の色々な所で生産をされているのですが、場所によって形式が違います。
初めて青森に行ったのですが、文字通り青い森という雰囲気で、囲まれた山々が針葉樹の深い森の中に囲まれていて、他の東北のエリアと比べて独特でした。断然に他の県と比べて、針葉樹が多かったように感じます。
JRが東北ディスティネーションキャンペーンの一環で、今青森がとりあげられている事もあり、はやぶさを使って、東京から新青森まで来ておられました。

6/12 仙台の被災地へ

仙台の友人の家の付近の被災地に車で出向きました。

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車で10分くらいの所にある多賀城の付近に行ったのですが、付近に住んでいる友人も驚いていたほど、とても被害の大きいエリアでした。場所によっては家の塀のブロックしか残っていないほど、見事に何もかもが破壊されていました。
このエリアにお住まいの方の話だと、都市化された住宅地であったので、まさかこの辺りまで津波がくるとは誰もが警戒をしていなかったようです。津波警報も聞こえなかった人もいらっしゃったとか。車で逃げている途中に津波に遭い、そこで亡くなられた方もたくさんおられたようです。
仙台に行ってみて不思議だったのは、案外被害のなかった仙台のエリアの方だと、まだ被災したエリアにいったことがない人がいたりとか、街の中心部はほぼ機能しているので、中心部にいると、まったく津波や大地震があったとは思えない感覚になることです。親戚が友人が津波の被害に遭われた方は、懸命に被災地に向けて活動をされている方は多いのですが、案外、皆が皆で被災地を体験されたような状況ではないようで、かなり一個の都市でも温度差は感じました。
もちろん皆、協力的で、皆で頑張ろうという気持ちで動いているのですが、東京や海外から見ていた、仙台全体が被災したというようなイメージとは少し違いました。ただ、東京とは違い、テレビ番組の宣伝などは、自粛モードで、がんばろう仙台、というCMがまだまだ多かったです。
仙台市内の避難所は、ほとんど皆仕事を探しに行ったり、親戚の家に滞在したりしているようなので、避難所自体の規模が小さくなって来ているようです。ここでもやはり、百聞は一見に如かずでした。